日中経済協会上海事務所 大分県経済交流室 駐在員レポート

中国粉ミルク事件をめぐる動きについて

      今年9月上旬、中国全土に衝撃的なニュースが流れました。乳幼児用の粉ミルクの中にメラミンが混入され多くの被害者が出たのです。これまで5万人を超える乳幼児が腎臓結石を患い4人の死亡が確認されています。冷凍ギョーザ事件や冷凍インゲン事件が主に輸出された商品で起きたのに対し、粉ミルク事件は主に中国国内向け商品で起き、しかも牛乳やヨーグルトなど他の乳製品についてもメラミンが検出されたことから、国民生活にとって大きな影響を及ぼしました。今回はこの問題をめぐる動きについてレポートします。

(粉ミルク事件の経緯)
      日本でも1950年代に森永ヒ素ミルク事件で、1万3千人もの乳児がヒ素中毒になり、130 名以上の中毒による死亡者を出したことがありますが、中国では2003年に安徽省で生産された劣悪な品質の粉ミルクが原因で栄養失調などで10人以上の乳児が死亡する事件が起きています。この事件では、粉ミルク製品の生産許可証や品質検査合格書などを取得していない事業者が小麦や麦芽を原料にして有名ブランドのパッケージにつめて粉ミルクを販売していました。
      今回の粉ミルク事件は、河北省石家荘市にある乳業大手の三鹿集団が販売した粉ミルクの中に有害物質のメラミンが混入されていたことが原因となりました。三鹿集団に納入する原料乳生産者がタンパク質の基準をクリアするためにメラミンを混入したのです。9月8日甘粛省の医師が同じミルクを使っていた乳幼児14名が腎臓結石になったことを表明。9月11日には被害が湖南省、湖北省、山東省など7省に拡大しました。石家荘市政府は8月2日には三鹿集団からメラミン混入の報告を受けているにもかかわらず、1ケ月以上にわたって河北省政府に報告しておらず、市政府の隠蔽が被害拡大を招いたと言えます。さらにメラミンの検出は三鹿集団の粉ミルクだけに止まらず、「蒙乳」や「光明」、「伊利」など有名ブランドメーカーの乳児用粉ミルクや牛乳、ヨーグルトなどの乳製品にも含まれていたことが検査で分かりました。中国衛生省によると、10月15日現在、汚染された粉ミルクを飲んだ乳幼児5,825人がなお入院治療を受け、そのうち6人は症状が重いと発表。また、治療を受けて健康を回復した乳幼児は43,603人となっています。


ウォルマートの粉ミルク売り場     

粉ミルク商品を吟味する女性


(中国政府の対応)
中国政府はこの事件を重大食品安全事故1級として取り扱うことを決定し、迅速に対応しました。中国衛生省は当面の急務として各病院が、汚染された粉ミルクを飲んで腎臓結石にかかった乳幼児の治療に全力をあげるとして、1600の医療チーム合わせて8,000人の医師を各地に派遣。また、全国4,500ケ所の病院での検査費と治療費を無料にしました。温家宝首相は国務院常務会議で、全国規模で乳製品を全面的に検査し、不合格の製品はすべて撤去、処分することを決定。業界を正常化させるために、管理監督体制を強化し、事件の真相を徹底的に追究し、責任者を法に基づいて処罰することにしました。10月15日までに、中国市場に出回っている粉ミルクのサンプル検査を7回、液体乳製品の検査を11回実施し、調査結果を公表しています。また、中国では、2000年から国の基準を満たした企業に対して検査免除をしてきましたが、この認定を受けたメーカーの乳製品からもメラミンが検出されたため、全ての食品メーカーに対して国の検査免除資格を取り消し、改めて検査を義務付けるようにしました。
温家宝首相が四川大地震の際に直ちに現地入りし、陣頭指揮を取ったことは記憶に新しいと思いますが、今回の事件でも腎臓結石を患った乳幼児を病院に見舞いに行くなど、中国政府が国を挙げてこの問題に取組んでいる姿勢をアピールしました。また、中国の食品安全の総元締めである国家品質監督検査検疫局トップの更迭や、三鹿集団がある石家荘市の市長免職といった処分を行い、中国政府の食品安全に対する厳格な姿勢を内外に示しました。


腎臓結石の診察を受ける幼児 腎臓結石になった幼児を見舞う温家宝首相


また、この事件の影響を受けて乳製品の販売が落ち込んだことや、一部の乳製品メーカーが、特定地域からの牛乳買入れを停止したため、河北省、山東省、内蒙古自治区などの地方政府は乳牛農家のための保護策を実施しました。河北省では牛1頭に200元(約3,000円)の補助金を乳牛農家に交付しました。内蒙古自治区政府は1億元を拠出して大手乳製品メーカーの「伊利」と「蒙乳」両者への牛乳供給を確保しています。さらに中国政府も内蒙古、河北、遼寧、山西、山東、河南の6省・自治区にある生活難に陥った酪農家に対して3億元の支援策を実施することを決めています。

(乳製品に対する市場の反応)
粉ミルク問題が発覚してから、カルフールやウォルマートなど大型スーパーでは三鹿など中国製粉ミルクを撤去する動きが見られました。日系のスーパーでは中国製の牛乳、ヨーグルトなど乳製品も全部を撤去するところもありました。上海市の久光百貨では、事件が発覚してしばらくは日本製の明治の粉ミルクが1日に100缶のペースで売れたといいます。上海の港は外国からの粉ミルクの輸入が大幅に増えたため、通関にものすごく時間がかかるようになったという話も出るほど外国産粉ミルクに対する需要が高まっています。実際に大手量販店の粉ミルク売り場では、日本、ドイツ、オーストラリア、オランダ、シンガポールなどからの輸入粉ミルクが大半を占めていました。
また、牛乳、ヨーグルトなどのについては、政府による安全宣言が出されたあと、大手スーパーの乳製品コーナーではメラミン検査の結果を説明した大きな立看が据付けられたり、商品自体にメラミン検査済みシールを張ったりして、消費者の不安を和らげる取り組みがなされています。ウォルマートでは、「店で販売している乳製品はすべて、国の検査に加えて民間検査機関の検査も受けて2重にチェックしているので安心」というポップを掲げていました。大手量販店では牛乳、ヨーグルトなどの乳製品は、ほとんどが中国産の商品で占められています。上海の日系スーパーの中にも安全宣言を受けて再び中国製牛乳を置くお店も出ました。ただ、安全宣言が出されたあとも中国産牛乳に対する不安が拭いきれないのか、日本人、欧米人や中国人富裕層の多くは、高くても輸入牛乳や後述する日本の技術を使った牛乳を買う傾向にあるようです。


上海での牛乳価格の比較(1リットル)
 
上海での粉ミルク価格の比較
     
(1元は約15円)

明治(輸入・チルド)

 42~43元

 

明治(輸入)

 199~225元

北海道牛乳(輸入・LL)

 38元

能力多(輸入・豪州)

 298元

光明(中国産・高品質)

 13~19元

恵氏 (輸入・シンガポール)

 189~229元

朝日(中国産・日本技術) 

 23元

雅士利(中国産)

 158元

 

カルフールでは国の検査結果を立看で説明 商品に貼られたメラミン未検出のシール


(ビジネスチャンスが広がる商品)
粉ミルク事件で騒動している中、アサヒビールが伊藤忠商事と共同で設立した新会社「山東朝日緑源乳業有限公司」は自社管理の牧場で採れる原料乳のみを使用し、日本の最先端技術を導入した成分無調整のプレミアム牛乳「唯品 純牛乳」を上海、北京、青島で発売しました。上海ではスーパー等で1リットル23元(345円)程度で売られています。味も日本の牛乳とほとんど変わらず、日本人が多く居住する近くのスーパーでは入荷後すぐに売り切れてしまうなど好評なようです。ほかにも粉ミルク事件の影響で人気が出てきた商品があります。それは豆乳です。粉ミルク事件後から豆乳は50%以上売上げが伸びているといわれています。10月に入って上海の久光百貨の乳製品コーナーには、牛乳に肩を並べる量の豆乳が販売されていました。更に驚いたのは、その豆乳の半分近くが九州乳業の豆乳だったのです。1リットルが30元(約450円)で決して安くありませんが、手にとって買って行くお客をたくさん見ました。家庭用豆乳メーカーの販売も好調です。多くの消費者が安全を求めて食品を手作りすることを選んでいるのか、ある家電量販店では9月中旬からこれまでに豆乳メーカーの販売量が200%増以上に伸びているとのことです。   

店頭に並んだ朝日の「唯品純牛乳」 九州乳業の豆乳がメインコーナーに

中国でも日本でも、どこの国においても食品の安全は国民の生命にかかわる最も重要な問題です。粉ミルク事件をはじめ日中双方で起きている食品事件が教訓となり、国民が安心して食品を手にする社会になるよう祈るばかりです。

 

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