1.巨大市場開拓の先端に(大分合同新聞2007年9月18日掲載)
大分県上海事務所は、2006年4月に開設された。上海市の都心部の西側にある「虹橋開発区」の国際貿易中心の21階、日本貿易振興機構(JETRO=ジェトロ)上海センター内に県からの駐在員と中国人スタッフの2人分の机を置く。単独事務所ではなく、ジェトロへの出向という形をとっているため、正式には「ジェトロ上海センター大分経済交流部」という。同センター内にはほかに石川、長野、愛知、岡山、鹿児島5県の共同事務所が入っている。
私は04年から研修生として上海に派遣され、日本農林水産物の市場開拓に携わった。そのころ、大分県でも県産の食品を中国に売り込むため、上海での展示商談会を企画していたので、食品関係の部署に配属されたのは好都合だった。当事は大分と上海を結ぶ定期航空便が運航しており、県から多くの視察団が訪れた。
05年春、日本の歴史教科書問題に端を発し、中国各地で反日運動が巻き起こった。小売店では日系食品メーカーの製品を店頭から撤去する動きがあり、毎日スーパーなどを見て回っていた。4月中旬には大規模な反日デモがあったが、局地的なもので、日本で大げさに伝えられていたのに驚いた。この日は休日で、私は市内に外出していたが、少しも危険を感じなかった。現場でしか実態はわからないものだと思った。
反日デモはその日限りだったが、大分-上海の直行便は利用客がめっきり減り、運航休止になった。だが、中国の経済発展は勢いを失わず、日本企業の進出もとどまることはなかった。
研修期間は06年3月に終わったが、県は成長著しい上海での拠点としてジェトロ内に共同事務所を設けることを決め、引き続き私が駐在することになった。

2.現地の意向、事前に調査(2007年9月19日掲載)
経済成長で中国人の購買力が高まるのに伴い、日本の各地域が地場産品の市場拡大を狙って上海に目を向け始めたのは2004年のことだ。当時、上海で販売される輸入品は大手の有名メーカーの製品ばかり。「景気のいい上海に持って行けば売れるだろう」。各自治体が先導役となって次々と売り込みに来た。
大分県も同年、県産品を中国市場に進出させる取り組みを始めた。上海で展示商談会を開いたが、ただ商品を見てもらうだけでは商談には至らなかった。日本食材を扱うバイヤー(仕入れ担当者)の得意分野を知り、顧客層を絞り込むことが大切だ。そこで翌年の商談会はバイヤーの意向に合わせ、紹介する商品を変えることにした。そのため事前にバイヤーを訪問して“当たり”をつける工夫もした。商談会では、マッチングしておいた商談を中心に進めた結果、養殖ブリや焼酎、天然水などの輸出につながった。
こうして、はじめは麦焼酎くらいしかなかった大分からの輸出食品は30品目を超えた。06年度には天津と上海のデパートで大分フェアを開催し、一般消費者への販売促進も開始した。試食だけの物産展や見てもらうだけの展示会ではない大分県独自の取り組みは高く評価された。
現在、中国に入る日本産食品の大部分は現地に滞在する日本人が対象。中国人の舌は意外なまでに保守的だ。食は文化。中国人に気に入ってもらうにはまず、日本食の文化を理解してもらわなければならない。そして、いつかは、中国の地方都市でも大分産の商品や大分発祥の郷土料理に出合えると信じている。

3.中国人の海外旅行急増(大分合同新聞2007年9月21日掲載)
中国では富裕層を中心に海外旅行の自由化が進んでおり、魅力的な市場だ。訪日団体観光旅行は、2000年に一部地域、05年に全土で解禁された。まだ歴史は浅いが、訪日旅行者数は00年の35万人から、06年の81万人と飛躍的に伸びている。
人気のコースは、東京でのショッピング、東京ディズニーランド、富士山などで、地方都市の知名度はまだ低い。ほとんどの中国人にとって「大分」は未知の土地だが、上海に近い地の利を生かせばビジネスチャンスは大きくなる。年間2万人が大分を訪れ、1人平均2万円を使うと計4億円の消費支出になる。これは千円の焼酎を40万本輸出するのに等しい。
一方で、克服すべき課題も多い。第一に国内観光客とのバッティング。大型連休や紅葉などのシーズンは日本人客も多いので、航空機やホテルは予約するのが大変だ。冬場に温泉やゴルフを楽しみに九州を訪れる韓国人観光客のように、オフシーズンのコースの開発や、中国人向けのサービスが充実したホテルや土産品店なども必要だ。
中国語ができるガイドの不足も指摘されている。優秀なガイドがつくことで旅行客の満足度は格段にアップする。ガイド人材の育成は急務だ。
中国国内を旅すると、中国人観光客のマナーの悪さが目に付く。ごみのポイ捨て、大声、列の割り込みは日常茶飯事。日本でもこうした行為を頻繁に見かけることになるだろう。観光地としては温かく受け入れる心構えだけでなく、他国との観光客とのトラブルを避ける対策も十分考えておく必要がある。今後確実に増える中国人観光客をどう生かすか。観光立県を目指す県民の心構えが問われている。

4.人脈を築く地域間交流(大分合同新聞2007年9月25日掲載)
近年の中国の発展は目覚しく、変化が目に見えるほど。「ドッグイヤー」(犬の1年は人間の7年に匹敵する)のスピードで変ぼうしている。こうした上海の活気を地域経済の活力源に取り入れようとする日本の自治体の事務所が上海に22ある。九州では佐賀、熊本を除く各県が進出している。
各事務所の業務はそれぞれ共通する部分も多いが、自治体ごとに重点分野は異なる。進出企業の多い県であれば、ビジネス支援の比重が高く、上海市や近隣の省と友好関係のある自治体は交流に力を入れている。
企業誘致や物産の販路開拓、観光客誘致などを主な業務とする事務所もある。ある県の駐在員によれば、5年ほど前までは情報収集が主な業務で、前任者は「いるだけ」でよかったが、今では仕事が増えて手が回らないほどだという。どの自治体も中国市場開拓に必死で、駐在員が負う役割も多様化してきた。
どの事務所にも共通する重要な仕事に「人脈づくり」がある。毎日人と会うのが仕事で、1年に何百枚もの名刺がたまる。中国は人脈が最も重視される国である。地域間交流は人脈を築く重要な場で、多くの自治体が中国の省・市と友好交流している。取り組みには自治体によって温度差があるが、うまく生かせば地域の活性化につながる。「大分に留学や研修で行ったことがあります」と言う人も多く、そんな関係からビジネスが生まれたりする。これも地域間交流のたまものだ。
大分県の事務所は昨年4月に開設されたばかりで、まだ県民の認知度は低い。中国でのビジネスや交流の情報源としてもっと活用してもらいたいと思う。

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